Boat-Practice

松井繁|艇王という名の重み、勝ちを極めた男の“流儀と構築力”

ボートレース界には、「名選手」は数多く存在する。
だが、「王」と呼ばれた選手はたった一人――それが、艇王・松井繁(大阪支部)である。

1990年代から2000年代にかけて、SG常連どころか“SGの中心”として君臨。
ただ速い、巧いというだけでなく、「どんな状況でも“勝てる形”を作る構築力」で時代を築いた選手だった。

そして今もなお、彼は一線で走り続けている。
今回はそんな松井繁の強さの本質を、コース別戦術・整備・勝負勘という視点でひも解く。


コース別に見る 松井繁の“勝負構築力”


■ 1コース進入時|“崩れない”安定感、守りの中に潜む攻め

松井繁の1コースは、「逃げ」ではなく“守って勝つ逃げ”だ。
無理に飛び出すスタートはせず、スロー全体で最も早く回る構造的な旋回を作る。

特徴的なのは、「足が普通以下でも、勝てる進入~旋回設計」を実行する点。
出足での押し返しを重視し、ペラ調整では立ち上がりを最重視する。

展示で気配が悪くとも、1コースなら「しっかり逃げる」選手であり、
舟券において最も信頼できるイン屋の一人だった。


■ 2コース進入時|差しという“計算式”の完成形

松井の2コースは、“差し職人”。
最短距離の進入と、艇の角度、出足調整すべてが「差しにすべてを合わせてきた舟」という仕上がり。

松井の差しは“読んでから差す”のではなく、“初めから差す”。
1コースの弱点、ターンマークの形、水面の跳ね…あらゆる情報を元に、最も安全に深く差せるルートを事前に組み立てている

無理に勝負はせず、それでも1マークを回れば一番伸びている。
これこそ、艇王たる所以だ。


■ 3コース進入時|ツケマイ、まくり差し、すべてを使える万能型

松井の3コースは、“器用”という言葉では足りない。
「差す・まくる・握る・待つ」全てを、そのときの展示・水面・スリット隊形で完全に選び抜いて実行する

特に印象的なのは、
→ スタートでコンマ13ながら、センターから絶妙に絞り込む
→ 直線足で負けていると見るや、ターンで“引き波カットの角度”を作って差し込む

要するに、常に「今できる最高の選択肢」に自分を乗せてくる
これが松井の恐ろしさであり、芸術的な柔軟性である。


■ 4コース進入時|冷静なまくり差し職人

松井の4コースは、「握って勝つ」というよりはまくり差しで確実に抜くスタイル。
荒れるレースでも、外に伸びる選手がいても、無理に握ることはほとんどない。

特徴的なのは、スローが攻め合う展開で“空いた内”を一気に突く能力
展示で足が悪くても、4カドから冷静に差して1着をもぎ取る渋さがある。


■ 5・6コース進入時|展開を“読む”より“創る”選手

5・6コースの松井は、一発型ではない。
むしろ、「内が崩れたときのために待つ」構えが非常に巧み

特に5コースでは、4が握ったときに内へスパッと入る“まくり差し職人”の顔を見せ、
6コースでも、あらかじめ内がバラける展開を組み立て、スロットルを抜かずに鋭く内を突いてくる

若手のような強引さはないが、「何か起きたときに必ずそこにいる」という信頼性が、舟券を支えてきた。


整備・調整力|“狂気なき正確さ”を積み重ねた整備スタイル

松井繁の整備は、“ペラの使い手”として有名だが、それはただ削るのではなく、
「実戦向け・水面対応型」に調整する正確さにある。

整備の特徴は以下の通り:

  1. 出足と回り足をバランスよくまとめる“万能仕上げ”
  2. 荒水面に強い=足ではなく“立ち上がりの安定感”重視
  3. 節間で成長させる“育て型整備”で、2日目以降に仕上がる

また、他選手が「伸び型」「出足型」と言う中、松井は“全部60点〜70点にして安定感で勝つ”調整を好む。
これは、長年のキャリアと、自身のターン技術に絶対的自信があるからこそ成立する構造である。


総括|“勝つこと”を積み重ねた人間の、完成形

松井繁という選手は、“天才”ではない。
だが、“勝ち続けることに人生を懸けた人間の完成形”である。

どのコースでも負け筋を潰し、展開を読み、整備で崩れず、そして最後には技術で勝ち切る
そういうレーサーを「艇王」と呼ぶのだろう。

時代が変わっても、松井繁の“構築する強さ”は、今なお若手の憧れであり、
ボートレースという競技の、ひとつの理想形だ。

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