遠藤エミ:女子レーサーの枠を超えた“スピードと勝負勘の化身”
ボートレース界において、長らくSGタイトルは男子レーサーだけの世界だった。その常識を塗り替えたのが、滋賀支部所属の遠藤エミである。2022年、ボートレースクラシックでSG初制覇。女子選手として史上初の偉業を達成し、その名を歴史に刻んだ。
だが、遠藤の強さは「女子初のSG覇者」という一過性の話題にとどまらない。彼女は、あらゆるコースから勝負できる旋回技術と、勝つために必要な整備と判断を冷静にこなす“完成型のレーサー”である。女子トップレーサーというより、“男子混合G1で戦えるレーサー”という言葉がふさわしい。
このコラムでは、そんな遠藤エミの実像を、コース別の傾向、整備力、そして総合的なレーサー像から紐解いていく。
◆ 1コース:スタートから逃げ切る、スピード型イン戦
遠藤エミの1コースは、女子戦における“最強イン逃げ”の一角と評して差し支えない。平均スタートは0.13〜0.15と安定し、特にコンマ0台を叩く強気な仕掛けも珍しくない。
最大の強みは、スタート後の行き足の良さと旋回スピードの高さ。握って回るタイプではなく、内側に寄せながらも速度を落とさずに回れる“スピードターン”が特徴的だ。これにより、1マークの立ち上がりで他艇を引き離す。
G1・SGでもインから逃げ切る力を発揮しており、女子選手の中では極めて高いイン勝率を記録している。プレッシャーに強く、“負けない1号艇”として男女混合戦でも舟券の中心になれる稀有な存在。
◆ 2コース:差しだけじゃない、握りも選ぶ勝負勘
遠藤の2コースは、単なる差し屋にとどまらない。基本は差しに構えるが、スリットの状況次第では握って勝負する柔軟さを持つ。これにより、まくりでの1着も多いのが特徴。
注目すべきは、1マークで差し遅れたとしても、2マークでの差し返しや道中での立て直しが非常に巧みで、“リカバリー力の高い2コース”となっている点だ。展開の先読み力が高く、道中の競り合いにも強いため、2・3着率が非常に安定している。
また、女子戦においては、2コースでも「勝ちに行く」レースができる数少ない選手であり、その意識の高さがSG制覇にもつながっていると言える。
◆ 3・4コース:遠藤の真骨頂、センター戦の破壊力
遠藤エミの魅力が最も発揮されるのは、3・4コースからのセンター戦だ。スリットから一気に勝負を仕掛ける“爆発力”と、展開が崩れたときの冷静な差しの両面を持ち合わせており、ここからの1着率は女子トップクラス。
3コースでは、まくり差しに入ったときの舵のキレと加速力が圧倒的。ターンマークの内側ギリギリを切り込むラインは、男子選手でもなかなか真似できない精度とスピードを誇る。
4コースからのまくりは意外と少なく、どちらかというとまくり差し・展開突きが主流。これは、他艇の動きをよく見てから仕掛ける“読みの技術”があるからこそであり、単なる一発型ではなく、読みと技術の両立したセンター巧者だといえる。
◆ 5・6コース:展開に応じて着を拾う、冷静な“後方の刺客”
遠藤の外枠は、“飛び道具”というよりは展開を読んで着を拾うタイプ。5コースではまくり差し、6コースでは差しに構えることが多く、特にセンター勢がもつれた展開で浮上するケースが多い。
着取り能力に優れ、一般戦では6号艇からの舟券圏内も珍しくない。SG・G1では1着までは届きづらいが、それでも3着をしっかり拾ってくるあたりに、総合的な“勝負強さ”と技術の完成度を感じさせる。
また、展開がハマったときの伸び返し、2Mでの差し返しは女子レーサー屈指。ターン技術の高さが際立っており、6号艇でも“買える女子選手”として舟券ファンからの信頼も厚い。
◆ 整備力:女子最高峰の整備センス、実戦型の仕上げ
遠藤エミの強さの裏にあるのが、整備力の高さだ。近年の女子選手の中でも、プロペラ調整を含めた仕上げ技術は抜群。本人も「乗り心地重視」と語る通り、自分のターンができるように調整を進める実戦型スタイルが特徴。
伸び型に寄せるより、出足・回り足をしっかり仕上げることで、レース全体の完成度を高めてくるのが遠藤流。部品交換も的確で、ピストン・キャブレターなどの交換にも迷いがなく、“整備で戦える足にする”ことに長けている。
また、モーターの素性に関わらず、“必要十分な足に仕上げる”能力が非常に高いため、シリーズを通してリズムを崩さない。まさに、技術・整備・レースセンスを兼ね備えた女子レーサーの完成形といえる。
◆ 総括:女子の壁を壊した先にある、新しいボートレースの景色
遠藤エミは、単なる「女子のトップレーサー」ではない。“性別を超えて、実力で戦うレーサー”として、今のボートレース界で確固たる地位を築いている。
SGタイトルという結果だけでなく、その過程で見せたスタート力、ターン技術、展開読み、整備力――どれを取ってもトップクラス。しかもそれを女子選手としてやってのけたのではなく、“選手として当然のことをやって勝った”のだ。
今後の課題は、SGでの2回目、3回目の制覇。実績としては十分すぎるが、女子レーサーが“常にSGの優勝戦にいる”という未来を切り拓く存在として、遠藤への期待はさらに大きくなる。
“女子レーサーの限界”という言葉を最も嫌い、最も遠くに置いてきたのが、遠藤エミ。彼女の走りは、常に誰かの目標であり、壁を壊す力を持っている。